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浦和地方裁判所 昭和31年(モ)225号 判決

債権者 田口常光 外一名

債務者 大宮マーケツト商業協同組合 外一名

主文

昭和三十一年(ヨ)第五二号不動産仮処分命令申請事件について、当裁判所が昭和三十一年四月十日した仮処分決定を、債権者等が債務者関東建設株式会社に対し更に金十万円の担保を供することを条件として、次のとおり変更した上認可する。

別紙〈省略〉目録記載(一)(二)の各土地に対する債務者等の、同(三)の建物に対する債務者関東建設株式会社の各占有を解いて、債権者の委任する浦和地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。

執行吏は現状を変更しないことを条件として債務者等に右土地及び建物の使用を許さなければならない。

債務者等は右各土地において右建物の改造増築、上下水道施設、配管その他一切の工事を中止し、これを続行してはならない。

債務者等は右各土地につき、債務者関東建設株式会社は右建物につき、占有の移転、占有名義の変更をしてはならない。

執行吏は右仮処分の事実を公示するため適当な公示方法を講じなければならない。

訴訟費用はこれを三分し、その一を債権者等、その余を債務者等の各連帯負担とする。

この判決は、前項を除き前示決定を変更した部分に限り、仮に執行することができる。

事実

債権者等訴訟代理人は、債権者、債務者間の昭和三十一年(ヨ)第五二号不動産仮処分命令申請事件について昭和三十一年四月十日当裁判所がした仮処分決定を認可する。訴訟費用は債務者等の負担とする、との判決を求め、その理由として、別紙目録記載(一)の土地は債権者田口常光の所有であり、同(二)の土地は債権者中村市太郎の所有である。債務者大宮マーケツト商業協同組合(以下大宮マーケツトと略称する)は何等債権者等に対抗し得る権限なくして右各土地上に別紙目録記載(三)の建物を所有し、不法に右各土地を占有している。そこで債権者等は右各土地の所有権にもとづく右建物の収去土地明渡の請求権の執行を保全するため、昭和三十一年三月二十六日債務者大宮マーケツトを債務者として浦和地方裁判所に不動産仮処分命令を申請し、金十五万円の担保を供した上、同日、本件建物に対する債務者の占有を解いて執行吏の保管とする、債務者は本件建物の占有を他に移転してはならない、執行吏は現状を変更しないことを条件として債務者に限り本件建物の使用を許す、執行吏は右命令の趣旨を公示する、趣旨の仮処分決定を受け、債権者等の委任を受けた浦和地方裁判所執行吏照山鷹丸は翌二十七日右建物に赴いて右決定の執行を完了した(以下第一次仮処分という)。ところが債務者大宮マーケツトは昭和三十一年三月中旬頃債務者関東建設株式会社(以下関東建設と略称する)との間に右建物の改造、増築の工事請負契約を締結し、同月二十八日頃より債務者関東建設が右建物の改造、増築工事を開始し現在これを続行中である。それでは債権者等が建物収去土地明渡の本訴において勝訴しても、その執行に当り改造増築前に比較し格段の困難を伴うことが明らかなので、右本案請求権を保全するため、本申請に及び、債務者大宮マーケツトに対し五万円、債務者関東建設に対し十万円の担保を供した上で昭和三十一年四月十日、債務者両名の別紙目録記載(一)(二)の各土地及び同目録記載(三)の改造中の建物に対する各占有を解いて債権者の委任する浦和地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。債務者両名は右各土地及び右建物に立入つてはならない。債務者大宮マーケツト商業協同組合は右各土地において右建物の増築、上下水道施設、配管その他一切の工事を中止し、これを続行してはならない。また右各土地につき一切の工事を開始してはならない。債務者関東建設株式会社は右各土地において右建物の増築、上下水道施設、配管その他一切の工事並びに右建物の改造、模様替、電気配線等の一切の工事を中止しこれを続行してはならない。また右各土地及び右建物につき一切の工事を開始してはならない。執行吏は右仮処分の事実を公示するため適当な公示方法を講じなければならない。旨の仮処分決定を得た次第である。と述べた。〈疏明省略〉

債務者等訴訟代理人は、債権者等において相当な追加担保を供することを条件に主文第二項乃至第六項と同旨の判決を求め、本件仮処分は次の違法がある。即ち、(一)、本件工事は、債務者大宮マーケツトが申請外埼玉県販売購買協同組合連合会から金三百四十万円で買受けた本件建物につき、工事代金二百三十五万円を計上して行うものであつて昭和三十一年三月二十二日に着工し、第一次仮処分当時相当程度進行していたので、万一の場合において債務者等の蒙るべき損害は巨額に達すること必定にして、本件仮処分の担保金額、債務者大宮マーケツトに対する金五万円、債務者関東建設に対する金十万円は甚だしく抵額に過ぎ到底担保の目的を達し得ない。(二)、本件仮処分は本案請求権の執行保全に必要な限度を逸脱している。債権者等の本案請求権である建物収去土地明渡請求権は債務者等の改造殊に増築を禁止し現状を維持することによつて充分その執行を保全することができ本件土地建物に立入を禁止する必要はない。殊に建物については債権者等の本案請求権が本訴において認められても債務者大宮マーケツトの買取請求権行使が可能であり、債権者等よりその代金の支払があるまで建物の留置権の行使ができる筋合であるのに、その建物に立入を禁止した本件仮処分決定は事実上右権利の行使を不可能ならしめるものである。(三)、債権者等はさきに本件と同一の本案請求権執行保全のため債務者大宮マーケツトに対し本件建物につき仮処分を申請し、債権者等主張のような仮処分決定及びそれにもとづく執行が完了しているのであるから、本件において更に債務者大宮マーケツトの本件建物に対する占有を解き、しかもその立入を禁止する仮処分を申請することは同一の本案請求権の執行保全として二個の相矛盾する仮処分を求めることになりこの点でも違法である。と述べた。〈疏明省略〉

理由

債権者等が本件仮処分命令申請の理由として主張する事実は、改造工事着手の日時の点を除き債務者等において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。そこで債務者等の本件仮処分決定に対する異議申立の理由について判断する。まづ第一に、当裁判所が債権者等に立てることを命じた担保金額が低額であるとの点をみるに、そもそも保全処分の裁判に当り裁判所が債権者に命ずる立保証の金額は、裁判所がその自由な意見によつて決するものであることは民事訴訟法第七百四十一条第二項、第七百四十五条第二項、第七百四十七条第一項等の規定に徴し明らかであり、その保証額の確定が実験則に反し不当であると認められるような場合でない限りその額の高低に関して保証決定を非難することは許されないものといわなければならない。而して債権者等の本件仮処分命令申請に対し当裁判所が立てることを命じた保証額が実験則に反し不当なものであるとは、成立に争いのない疏甲第六、七号証の記載に徴しにわかに断じ難く、成立に争いのない疏乙第一乃至第三号証の記載によるもこの認定を覆えし得ないので債務者等のこの点に関する異議はその理由がない。次に本件土地建物に債務者等の立入を禁じたのは債権者等の本案請求権保全のために必要な限度を超えているとの異議理由の当否について見るに、本件仮処分によつて債権者等が保全しようとする本案請求権が建物収去土地明渡請求権であり、又債権者等がさきに債務者大宮マーケツトに対して本件建物の現状不変更、占有移転禁止の仮処分決定を得、これらの執行を完了したものであることは当事者間に争いがなく、右仮処分によれば、債務者大宮マーケツトは現状を変更しないことを条件として本件建物に立入ることが許されていたものであるが、成立に争いのない疏甲第十三、十四号証、疏乙第三号証の記載を綜合すれば、債務者大宮マーケツトは右仮処分決定の命ずるところに違反して、右建物につき開始していた改造、増築工事の続行を図り、その工事を請負つていた債務者関東建設がその工事を続行したことが一応認められる。従つてこのような場合に、債務者等より本件土地建物に対する占有を奪い、その保管を執行吏に任せ、第一次の仮処分決定に違反して続行されていた工事の禁止等現状不変更を命ずる仮処分決定を申請することは右本案請求権保全のため相当であるが、右本案請求権の執行保全のためには右の如く本件建物の改造、増築等を禁止し、本件土地建物の現状を維持すれば足りるのであつて、更に債務者等に右土地建物に立入ることまでも禁ずることは右本案請求権執行保全の必要限度を超えたものであるといわなくてはならない。本件において、債務者大宮マーケツトは第一次の仮処分決定により本件建物の現状の変更を禁止されながら、その直後債務者関東建設をしてその改造増築工事を続行せしめたので、債権者等においてこれを阻止するため債務者等の本件土地建物への立入禁止を求めることは首肯し得るが、工事の禁止等現状不変更を命ぜられたのに拘らず債務者等がそれに反し、あえて工事を続行したりする等現状変更の行為があつた場合には、債権者等は別段の債務名義を要しないで債務者等の土地建物に対する使用を禁止しそれより退去すべきことを執行吏に対して求めることができるのであるから、債務者等に右のような違法行為の事実及び将来もその可能性があるからといつて、たゞちに立入を全面的に禁止してしまうことは保全すべき右本案請求権に対比して行き過ぎであるといわざるを得ない。よつてこの点に関する債務者等の異議はその理由がある。更に債務者等は本件仮処分は第一次仮処分に矛盾する仮処分であると主張するのでこの点をみるに、当裁判所が決定した第一次仮処分決定にもとづく執行によつて債務者大宮マーケツトの本件建物に対する占有は既に解かれ、債権者等の委任する浦和地方裁判所執行吏が保管中であることは当事者間に争いのないところであるから、債務者大宮マーケツトに対しては本件建物の執行吏保管なる執行が継続中であり、従つて更に本件建物に対する債務者大宮マーケツトの占有を解くことはできないといわねばならず、債権者等の申請中これを求める部分は不当である。よつてこの点に関する債務者等の異議もその理由がある。

以上のとおりであるとすれば、債権者等の右本案請求権執行保全のためには、債務者等の本件各土地に対する、及び債務者関東建設の本件建物に対する各占有を解いて執行吏にその保管を命じ、債務者等に対し現状不変更を条件として土地、建物の使用を許し、債務者等の本件土地建物における一切の工事を禁止し、右土地建物の占有移転を禁止するのが相当であり、本件仮処分決定のうちこの限度をこえる部分は保全の目的を逸脱し、又は二重の決定として不適法のものということになるからこれを右のように変更する。尚保証金額について考慮するのに債務者関東建設のためには債権者等に対して更に金十万円の追加担保を供することを命ずるのを相当と解する。

よつて民事訴訟法第七百五十六条、第七百四十五条第二項により債権者等に対し主文第一項のように追加保証を立てることを命じた上、本件仮処分決定を主文第二項乃至第六項掲記のとおり変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき同法第九十五条、第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言につき同法第七百五十六条の二、第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西幹殷一)

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